現在は日本人に馴染みの薄いポルトガル語。メンバー名の表記がまちまちなのも致し方ないところ。しかし中には明らかな間違いもあり、解説者やレーベルのずさんさに憤りを覚えることが少なからずある。
枝葉末節と捉える向きもあろうが、人の名前を間違えるというのは極めて失礼なことのはずである。カタカナ表記に限界があるとはいえ、ある程度は本来の発音や綴りとの整合性を考慮するのが最低限の礼儀というものではなかろうか。
そこで知人の助言を得ながら、これなら失礼に当たらないと思えるものと、そうでないものを整理してみた。
推奨する表記 | 誤りでない表記 | 言語道断の表記 |
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Teresa Salgueiro テレーザ・サルゲイロ |
テレサ テレーゼ テレーザ・セルゲイロ |
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Pedro Ayres Magalhães ペドロ・アイレス・マガリャンエス |
アイエス マガリャエンス マジャルハス |
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José Peixoto ジョゼ・ペイショート |
ペイショト ペイショット |
ジョセ ホセ・ペイゾート |
Carlos Maria Trindade カルロス・マリア・トリンダーデ |
トリンダード トリンダージ |
トリンダディ トリニダーデ トリニダード |
Fernando Júdice フェルナンド・ジューディセ |
ジュディセ ジュディス |
ユーディス |
Rodrigo Leão ロドリーゴ・レアン |
レアォン | レオン リャオ |
Gabriel Gomes ガブリエル・ゴメス |
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Francisco Ribeiro フランシスコ・リベイロ |
フランチェスコ・ リビエロ |
必ずしも本来の発音に“もっとも近い”ものを推奨しているわけではない。たとえばPedroは「ペドゥロ」とでも書いた方が本来の発音に近いし(「ぺdロ」と表記する人もいるとか)、Leãoは「レアン」より「レアォン」の方が正確だ。しかし日本人に発音し辛い表記は避けることにした。
ところで上表の「言語道断の表記」は、その殆どがマドレデウスの日本盤CDの解説書に記載されていたものである。ただの誤植ならば一概に責められないが、殆どの誤表記はちょっと調べさえすれば避けられていたはず。その程度の労力を惜しむなど、メンバーはもちろん、買い手ひとりひとりに対しても失礼ではないか。それこそ言語道断というものだ。自分の名前を「中安亜郡子」と書かれたり「服部めり子」と書かれたり「太野宏」と書かれたりすれば誰だっていい気持ちはしないだろう。(私の名前を「加藤造司」と書かれた時は笑ったけれど。)
尚、マドレデウスの曲の訳詞を数多く手掛けている高場将美氏による現メンバーの表記は次のようになっており、最も浸透度が高いようだ。誤表記はない。
テレーザ・サルゲイロ、ペドロ・アイレス・マガリャンエス、ジョゼ・ペイショート、カルロス・マリア・トリンダード、フェルナンド・ジュディス
実際の発音は語尾が弱く「トリンダードゥ」のようにも聞こえる。ならば「トリンダード」の方が適当ではとの意見もあるだろう。だが"e"で終わる単語は"o"で終わる単語と区別して「エ段」に統一した方が混乱が少ないだろうとのアドバイスに従い「トリンダーデ」を推すことにした。ブラジル式発音との比較表を参考にされたい。
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ところでブラジルには「トリンダージ」という島がある。綴りはマドレデウスのキーボーディストと同じ"Trindade"である。一方トリニダード・トバゴ共和国の主島に「トリニダード(Trinidad)」という島がある。どうもこれらが混同されてキーボーディスト名が「トリニダード」「トリニダーデ」と誤表記されることがあるようだ。ご覧の通り綴りも音も異なる。
余談だが、上記の理由で"saudade"は「サウダード」より「サウダーデ」を私は支持する。「サウダージ」も誤りではないが、これはブラジル式である。ポルトガル音楽の記述では「サウダーデ」がより好ましいと言えるだろう。また、固有名詞ならまだしも、一般名詞なのか形容詞なのか混乱する恐れがある場合は"e"のオ段表記は避けるべき(⇒「サウダーデ」支持)との意見も頂戴した。
やはり同じ理由で、Fernando Júdiceの推奨表記は「フェルナンド・ジューディセ」とした。同様の例としてDulce Pontesは「ドゥルス・ポンテス」とも「ドゥルセ・ポンテス」とも書かれる。どちらも間違いではない。また、アクセントを明確にするため「ジュディセ」より「ジューディセ」が適当ではないかとの指摘も受け、それに従った。(2006.12.5加筆修正)
数ある誤表記の中でも「テレーザ・セルゲイロ」は特に許し難い。服部のり子というライターが「ムーヴメント」「ユーフォリア」「無限の愛」と3作品もの解説文を担当し、ことごとく「セルゲイロ」とやらかしている。(初期のアルバムの、他のライターによる解説では全て「サルゲイロ」と表記されていたのを、なぜわざわざ誤った表記に変えてしまうのか理解に苦しむ。)
結果、よりによってグループの顔とも言えるこの歌手の名前の誤表記が浸透し始め、各通販サイトでも彼女のソロアルバム「オブリガード」がこの表記で紹介されるという噴飯ものの事態に陥った。
それを抜きにしても、このライターのいい加減さは目を覆わんばかりである。「ユーフォリア」の解説文ではFlemish Radio Orchestraを「フレミッシュ・レディオ・オーケストラ」とそのままカタカナ表記、指揮者Bjarte Engesetを「ビジャーテ・エンガスト」と当てずっぽうとしか思えないデタラメ表記、芸術監督Gunther Brouckeや編曲者António Vitorino d'Almeidaに至ってはそのまま(否、誤ったスペルで)アルファベット表記されている。全てをアルファベット表記にして統一するのならまだわかるが、一部の名前だけをそうするのだから、その手抜きぶりには呆れるほかはない。(尚、本来は順に「フランドル放送管弦楽団」「ビャルテ・エンゲセット」「グンテル(フンテル)・ブラウク」「アントニオ・ビトリーノ・ダルメイダ」と表記する。但しGunther Brouckeは確認中。)
読み方を調べすらしていない(あるいはちょっと調べて匙を投げた)のは明白で、ライターの無責任さはもちろん、そのまま掲載するレーベルの見識も疑わずにはいられない。蛇足になるが、解説文の内容も推して知るべし、てにをはさえもまともに使えていない読むに耐えぬ“作文”である。しかも誤表記・悪文だけでは飽き足らず「『ムーヴメント』でメンバー交代が行われ」と事実誤認まで犯している。まったく買い手をバカにするにもほどがある。
また、「風薫る彼方へ」の解説文(中安亜都子)では、マドレデウスのメンバー(および元メンバー)6人のうち4人の名前が誤表記という脅威の高打率が達成されている。但し解説は上質であった。一方服部のり子の誤表記は現メンバー5人のうち1〜2人(アルバムによる)だが、その1人が「セルゲイロ」という大ホームラン。1度だけならまだしもそれが3回である。上述のようにメンバー以外の固有名詞の表記も間違いだらけだ。そして「美しき我が故郷」の解説文(大野宏)では現メンバー5人のうち3人が誤表記。しかもホームラン表記「セルゲイロ」まで踏襲されている。何をか言わんやである。(11/15加筆)
高場将美氏がウェブ上でカタカナ表記に関する見解を述べている。いいタイミングで翻訳者自身の見解を知ることができて嬉しい限りである。
わたしは、カナを単なる道具にすることに賛成だ。
ただの発音記号 (それには欠点もあるけれど) として使ってしまうんです。
日本人はとても文字を大事にする。
文字を使うのではなく、文字にふりまわされてるとさえ思える。
中国から来た漢字を利用して、せっかく便利なカタカナを作ったのだから、
音だけ伝える仕事をさせよう。
つまりはスペルとの整合性よりも「音」優先。慣例に反してsaudadeを「サウダード」、Trindadeを「トリンダード」、Júdiceを「ジュディス」と書くのにはこういうわけがあったのだ。コラムによれば「アマリア・ロドリゲス」も本当は違う表記にしたいのだという。
ところで同コラムによれば、「最初の音節にアクセントがあるときは、長音は省略」という原則が(明文化はされていないけれども)あるらしい。それに沿うならば「ジューディセ」より「ジュディセ(ジュディス)」の方が……となる。一体どうすればいいのだ。(2007/2/21)
もうなにがなにやら。
ポルトガルのポルトガル語では"s"の発音は「シュ」に近い。リスボア→リシュボア パレーデス→パレーデシュ エスポラン→エシュポラン といった具合に「シュ」を使った表記を好むポルトガルフリークは少なくない。また、マドレ→マードレ パドレ→パードレ のように、アクセントを長音で表記すべきという意見もある。
そうなると、私を含め多くのファンが当たり前に受け入れて来たであろう「マドレデウス」という表記も、必ずしも最良とは言い切れないわけだ。当サイトも近々「マードレデウシュの部屋」に改称する。つもりはない。(2007/2/21)